中川越

Profile

1954年、東京都生まれ。雑誌・書籍編集者を経て、執筆活動に入る。古今東西、有名無名を問わず、さまざまな手紙から「手紙のあり方」を研究し、手紙の価値や楽しさを紹介する著書を中心に執筆している。近著に『夏目漱石の手紙に学ぶ 伝える工夫』(マガジンハウス)、『仕事で使える 手紙力の基本』(日本実業出版社)、『文豪たちの手紙の奥義―ラブレターから借金依頼まで』(新潮文庫)、『だまし絵の不思議な心理実験室』(河出書房新社)など。東京新聞にて『手紙 書き方味わい方』、ウェブマガジン「salitoté(さりとて)」にて『近道にない景色 自転車に乗って今日も遠回り』を連載中。

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ゼネラリストであれ


――表現者として、どのようなことを伝えたいと思っていますか?


中川越氏: 自戒を込めていえば、心のゆとりが必要だと思います。ゆったりとした時間を楽しむ余裕、急行電車に乗らない勇気、といってもいいかもしれません。漱石の手紙に、こんな一節があります。「君は今、雲を見て暮らしているだろう」。これは「君はそういうゆとりの中で、豊かに時を過ごしているに違いない、そうあってほしい」というメッセージだと思います。今から千、二、三百年前に成立した万葉集は、天皇、貴族から下級官人、防人などさまざまな身分の人間が詠んだ歌を4500首以上も集めた歌集、詩の本です。さまざまな階層の人々が、同列に並んでいます。その芸術的価値や美しさにおいて同等であり、その価値こそが、身分を超えて重要だとする世界観が貫かれています。また、日本の異称は、「言霊のさきわう国」ともいいます。言葉が人を幸せにする国、という意味です。日本は千年も昔から、そういう感受性を重要視した国だったのです。権力、お金、経済が優先されることによって、日本は発展してきたのではないと考えます。心のゆとりを持ち、ゆったりとした時間を大切にし、花鳥風月に胸ときめかせ、毎日がみずみずしく豊かで、あたたかな心もちになれる瞬間に満ち溢れていたら、人はもっと生き生きとすることができるのではないでしょうか。そうすれば、未来を信じて、さらに一生懸命働くこともできるようになるのではないでしょうか。経済の根本的な振興策とは、本来そうしたことではないかと考えます。そんな思いを様々な文章の根底に据えて、表現していければよいと思います。



――今の日本に足りないものは?


中川越氏: 若い方々には、「ディズニーランドを楽しむだけの人間で止まらないで、一人一人がウォルト・ディズニーになってほしい」と思います。つまり、自分の楽しみは、自分で発明してほしいのです。そのためには、子供たちや若者には、何もない広場が必要です。遊びを発明したり、けんかをしたり、ルールを決めたりといったプロセスの中で、子供や若者たちは、豊かに成長していくのだと思います。私は何もない広場で遊ぶことがどれだけ面白いのかということを、色々な分野で伝えられればと思います。未来の子どもたちにとって何がプラスになるかという部分は見極めにくいかもしれませんが、投資などといった経済的なものに関しても、そこが視点でないといけないと思います。株価が上がりさえすればいいといったたわいもない児戯に振り回される世界は、もうそろそろなんとかしなければならないのではないでしょうか。経済合理性の中では専門性と稼ぎの大きさがパラレルな関係にあるので、スペシャリストになることが若者の目標になっているけれど、それではつまらないし、人々が専門的なパーツになっていけばいくほど、社会の発展、経済の拡大のためには、実はマイナスになるのだと思います。もちろんどんな職種も高度な専門性が必要とされるわけですが、人間としてはゼネラリストであるべきなのです。
国際ビジネスマンとして長く活躍し、今は私立高校の校長をしている知人が、あるときしみじみといいました。「日本人は海外で尊敬されている。英語力じゃない。自分も下手だ。尊敬される一つの理由は、礼儀正しさだ。日本人に限らず有能な国際ビジネスマンの共通点が、一つだけある。それは、礼儀正しさだ。情緒や感受性や知識、それから礼節を持ち合わせていない限り、英語が話せてもなんの役にも立たない」と。例えば「サッカー選手は政治状況について分からなくてもいいし、世界の貧困について分からなくていいんだ」というゆがんだ部分、欠落した部分が多い、専門性だけが際立った人間は、社会の部分品として、誰かにうまく利用されていくだけになってしまいます。人はあるときは大工さんで、あるときはロックンローラーで、あるときは俳人で、あるときは哲学者で、あるときは豆腐屋さん、といったように、常に多面的であるべきだと思います。もちろんあらゆる方面において、質の高い技術を持つことは不可能ですが、だからといって、いろんな自分でありたいという、自然な欲望を抑える必要はまったくありません。多趣味の重要性を言っているのでなく、専門性だけに特化してくいことの危険を強調したいのです。このような意識がさらに一般化して、人はお金や権力よりも、さまざまな感受性を豊かに持ち、多面的にものを見ることができ、しかも知識を生活を豊かに楽しくするために利用することのできる、そうした人こそが尊敬され、信頼される環境がさらに大きく広がり、心の安定感が増したとき、その環境圧を受けて日本人の優秀な遺伝子は発現し、日本はさらに心も経済も、安定的に豊かになっていくように思われるのですが、いかがなものでしょうか。
その意味において、今こそ漱石のユーモアと生活感、批判精神、あたたかさ、広さ、多面性、そして彼の手紙の美しさが、再顕彰されるべきときだと思い、『夏目漱石の手紙に学ぶ 伝える工夫』という本を、世の中に提出させていただきました。

(聞き手:沖中幸太郎)

著書一覧『 中川越

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