深く潜って見つけた「言葉」が力を与える
――旅のメモや記録はどうやって残されていたのでしょうか。
石田ゆうすけ氏: 基本的には日記をつけていました。旅を詩で表したいという思いがあったので、できごとは箇条書きで書きましたが、心の揺れ方は詩で残していました。その詩の1節が、当時の感情をよみがえらせてくれています。
『行かずに死ねるか! 世界9万5000km自転車ひとり旅』に書いているのですが、アフリカでおばさんがトマトをくれたのです。そのおばさんの目が「母の目」だったので、僕はその時グッときて泣いてしまいました。単にトマトをもらって泣きました、というだけではなくて、「母の目だった」と一言書いておくかどうかで、その時の心情や、その変化などを再現でき、ストーリーになるかならないか決まるのかなと思います。詩にするのは単純なことではなくて、漠然とした心の動きを深く追求して、そこに光を当てるような行為が詩を書くことだと思うのです。そういう努力が、今の文章に活きているのかなと思います。
――石田さんにとって「旅をする」ことと「書く」ことはどのような行為なのでしょうか。
石田ゆうすけ氏: 「掘っていく行為」でしょうか。闇の中を、掘って、掘って、掘って、それでようやく見つけた時、すごく気持ちがいいんです。必死な思いをして、奥へ奥へと潜っていって、つかまえた言葉が恐らく何か感動を与えるものになるのかもしれません。普通の取材で原稿を書いている時も、サラッとすぐにできたものは、やはりサラッと流れてしまうだろうと思うのです。だから、一旦仕上げて「これじゃない、もっと奥の言葉」といって掘り返していくようにしています。
文章の掘り返し作業というのは、自分自身でも、時間をおいて読むなりしてある程度客観性を持たせる事は出来ますが、僕の場合は他人に読んでもらうことも多いです。嫁さんにも読んでもらうし、あと友達とかに「ちょっと読んで」と頼みます。嫁さんにお願いしているのは、単純に「つまる」ところと、意味不明なところや浮いているところを指摘してもらうこと。
その奥にある言葉は、相手に掘られるものではなくて、僕の中から掘り返して探します。人が読んでいて、もやもやを感じていたのが、パーンと言葉を当てられて「あ、そういうことだな」と思う快感があると思うのです。それが力を与える言葉になるのかもしれないと思います。
ですから独り善がりなものは絶対に嫌です。常に気にしているのは「自己満足になってないかどうか」ということなので、読者のことを考えるようにしています。関西人というのもありますし、もともと人を喜ばすのが好きなんですね(笑)。僕は「僕を見てくれ」というような旅行記は書きたいとは思いません。読んでいる人が僕にスッと憑依して、一緒に旅をしたりする、そして色々なものを体験して、見て感じることができる、そういうものにしたいと思います。
前に踏み出す原動力になる「本」を
――読み手としてはいかがですか。
石田ゆうすけ氏: 新しい本を買う時は、人の紹介や書評とかを参考にしたりしますが、ネットではあまり買いません。仕事で使う本を急ぎで買う時は、ネットで買いますが、Amazonとかで「こんな人はこれを読んでます」というのを見て、買う事はしません。やっぱり、書店に足を運び、自分で手に取らないと買う気がしないのです。
書店というのは出会いの場だと思います。だからネットの「こんな人はこれを読んでます」というのも、それを仮想して作られていると思うのですが、僕は古い人間だから、あれは肉感に乏しいのです。書店での出会いの方が強い縁を感じますし、本との引力を感じます。
――石田さんにとって「読書」とは。
石田ゆうすけ氏: 暇な時間ができれば、本を読んでいます。どんどん自分が広がっていく感じは、旅と一緒ですね。自分も、ものを書いていて、自分と同じ世界しか見ていなかったらその世界で終わってしまうけど、違う世界を見れば、自分に新しく息が吹き込まれてきます。それは旅と同じで、違う栄養を入れることだと思います。だからビタミンみたいなものですね(笑)。
それと、読書という行為そのものも、ひとつの世界の旅だと思います。「経験」と「読書」はまた全然違うものだと思いますが、違う空気を入れるという点だけ見れば、同じことだと思うのです。だから前はストーリーばかり気にして読んでいましたが、今は言葉に触れることが面白く感じています。
――石田さんの楽しみにしている本は、どんなものですか。
石田ゆうすけ氏: 僕は、吉村昭さんとか熊谷達也さんの本が好きで、最近は『漂流』とか、『ゆうとりあ』を読みました。とくに好きなのはカズオ・イシグロさんで、『夜想曲集』という5話くらい入った短編集のラストの小説だけ読んでいないのです。理由は、読み切りたくないから(笑)。だからカズオ・イシグロの新作をずっと楽しみに待っています。
周りの人から勇気をもらい、新たな挑戦もしてみたい
――書き手の影響力を感じますね。
石田ゆうすけ氏: 僕自身、教師をやっている友達に誘われて、初めて講演をしたのです。そこの生徒のなかに、普通学級では勉強についていくのが難しくて、家でもテレビゲームしかしていない子どもがいました。その子どもが僕の講演をきいた翌日に「自分も頑張れるかな。ちょっと俺も頑張ってみるわ」と言って、自分でテレビゲームを全部売って、参考書を買ったそうです。そうやって彼は、中学2年でやっと九九を覚えることができたのです。その子は、たぶん頑張る能力があったのでしょうね。そこから高校の進学校に入って、さらに頑張って国立大学にストレートで合格したのです。彼自身の力でやったことなので、僕が彼の人生を変えたなどとは全然思いません。
――きっかけになった、と。
石田ゆうすけ氏: そうだったらいいなと。それに講演をした僕自身が勇気をもらえました。だから自分の作品や行為で人が元気になれるのであればいいなと思います。とにかく前に足を踏み出したら何か開けるものがあると思うし、その背中をちょっと押せるものになれればいいと思います。
食べ物のことを書いている時が今は一番楽しい時間なので、食べ物関係のこともどんどん書きつつ、今後は新しい挑戦として、創作、フィクションを書いていこうと思っています。講演のときのように、僕の文章が誰かのきっかけになれば幸せだなと思います。
(聞き手:沖中幸太郎)
著書一覧『 石田ゆうすけ 』