川島隆太

Profile

1959年生まれ、千葉県出身。東北大学医学部卒業、同大学院医学研究科修了(医学博士)。専門分野はヒトの脳活動の仕組みの解明、研究と応用。脳のどの部分にどのような機能があるのかを調べる「ブレインイメージング研究」の第一人者。著書に『川島隆太教授の親子で「脳トレ」 たくましい脳に育てる毎日の習慣』(静山社文庫)、『年を重ねるのが楽しくなる! [スマートエイジング]という生き方』(共著、扶桑社新書)、『天才の創りかた 脳を鍛えて進化させる方法』(講談社)など多数。ニンテンドーDS用ソフト「脳を鍛える大人のDSトレーニング」等の監修も務めている。

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将来、脳の研究を受け継いでくれる人間を育てたい



医学博士である川島さんは、東北大学医学部を卒業後、同大学大学院医学研究科を修了。現在は同大学の加齢医学研究所教授を務められています。研究成果である「学習療法」を一般の方にも分かるように書いた『脳を鍛える大人の計算ドリル』『脳を鍛える大人の音読ドリル』が話題に。また、監修をされたニンテンドーDS用ソフト「脳を鍛える大人のDSトレーニング」の大ヒットでも広く世間に知られています。仕事に対する思いや脳研究の将来、ご家族で楽しむという読書や本との出会い、電子書籍についてお聞きしました。

使命を果たすために時間を費やし、人や社会に還元すべき


――どういった思いを持って、仕事に取り組んでらっしゃいますか?


川島隆太氏: 僕ら研究者の給料は国から出ていますから、与えられた時間を全て、人類に新しい知恵や知識をもたらすという使命に使うべきだと僕は考えています。ただ一方で、「研究が仕事だから」といって、何十年という時間、興味のあることだけを研究し続けて暮らしている人がいるのも事実です。
僕の家は裕福ではなかったので、両親は「税金が高くて暮らすのが大変だ」と、毎日のように言っていました。それを聞いていたからか、「自分の知的好奇心を満たすためだけのために税金を食い潰していいのか」という疑問を昔から持っています。ですから、研究者は使った税金の分をお返しすることを意識して、社会に還元すべきだというのが僕のポリシーです。僕らは「脳」をターゲットにしており、脳とは人間そのものですから、僕たちの研究は社会と接点を持ちやすいのです。僕は医師でもありますが、医学という学問は、実は人文科学の極致といった学問ですから、そういう意味では人と関わり、人に還元していくというのは僕の中では自然なことでした。学習療法も社会に還元する1つの形です。僕は世の中の人には全く見せないところで学者としての活動をしていて、実はそちらの方が比重が大きいのです。まさにイメージとしては「氷山」です。皆さんには氷の上の部分しかお見せしていませんが、実は氷の下の部分の方がよっぽど大きいということは自覚しています。

――大学では、どういう方法で学生たちに教えているのでしょうか?


川島隆太氏: うちはとても数が多くて、全部で4、50人。大学院生も20人いますので、ピラミッドを作っています。まず一番下に、大学院生たちと「ポスドク」と言われている研究者たち。その上に教員を何人か配置し、その教員たちの上に僕がいるという3層のピラミッドです。僕が全員の大学院生とやり取りする時間というのはどうしてもとれないので、僕の意向を教員たちに伝えて、教員たちがそれを自分たちで解釈して大学院生たちに伝えて、というように、クッションを入れざるを得ない規模になってしまいました。教授になりたての頃は、全部で数人のチームだったので、みんなでいつも話をしながらできていたので、少し残念です。

――お父様は物理学者だとお聞きしましたが、お父様から影響を受けて、今の道に進まれたのですか?


川島隆太氏: 小さい頃は、父が何をしているか僕は知らなかったので、研究者になろうと思ったことはありませんでした。学者というのがどういう種族かということも全く知りませんでした。実際に父の仕事について知ったのは、父が他界した後かもしれません。

――幼い頃の川島さんにとって、本とはどういうものでしたか?


川島隆太氏: 子どもの頃は勉強が大嫌いで、勉強しないと親から叱られていました。ですから、時間を潰すため、勉強をしているふりをするために、読書をしていました。勉強中は寝ると怒られるので、起きてなければいけませんでした。読書は私にとって、部屋の明かりをつけておくための唯一の手段でした。

――本は、自分で集めていらっしゃったのですか?


川島隆太氏: 僕の部屋の本棚には、両親が大学の頃に読んだ本が置いてあり、そこから文庫本などを中心に、手に取って読んでいました。今思うと、僕に本を読ませるための、両親の作戦だったように思います。本棚には、どちらかというと文学的なものが多かったですね。
実際に、僕が大学生向けの本に手を染めだしたのは中学校に入ってからです。その頃から吉行淳之介が大好きで読みまくっていました。乱読の癖も付き始めて、星新一さんなどのSF小説も読んでいました。

「ある妄想」を形にするために、医学の道へ


――その頃の将来の夢は?


川島隆太氏: 高校に入った時はかっこいいからという理由でパイロットになりたくて、それで友達と「航空大学校に行こうぜ」という話をしていました。パイロットの入学試験の時は、何分息を止めることができるかという課題がどうやらあるらしいというのを噂で聞いてきたやつがいて、授業中に息止め合戦なんかをしていたのを覚えています(笑)。でも、突然視力が落ち始めて、裸眼では全然見えなくなったので「これはだめだ」と諦めました。それからどうしようかと考えました。でも、その当時から「脳」というものには興味があり、自分の脳の中身をコンピューターに移植したいという思いをずっと持っていました。そうすれば、自分は永遠にコンピューターの中で生きられるだろうという妄想を持っていたのです。それを具現化できる道を調べました。当時、脳の研究をするには医学部に入るしかなかったので、「じゃあちょっと無理をして医学部を狙おうか」ということになりました。

――東北大学を選ばれた理由は、どういったことだったのでしょうか?


川島隆太氏: 当時は簡単に医学部に入れると思っていましたが、箸にも棒にもかからず、現役の時は惨敗。1年予備校に通って必死に勉強をした結果、砂漠に水を撒いたように奇跡的に学力が上がり、本学(東北大学)の医学部か京大の医学部ならなんとかなりそうだなというところまで達することができました。模擬試験では全国でケツから6番を取ったような経験もある僕が、そこまで成長しました。進む大学を決める時にちょうど「青葉城恋唄」が流行りまして、その影響で、「仙台という町はいい町に違いない」と思って東北大の受験を決めました。でもいざ仙台に来たら、「東男と(に)京女」という言葉があるように、「しまった、京都に行けばモテたかも」と(笑)。

――その後、脳の研究を始められるわけですが、どういった研究をされているのでしょうか?


川島隆太氏: 脳の研究をしている人間のゴールというのは、脳の中に心があるということをきちんと証明することです。心が脳の中にあることが証明できれば、脳は有機物質ですから自分の心の形を抽出できるはずなのです。そういう意味では、僕が中学の頃から妄想していた、「自分の心をコンピューターに入れたい」という夢は、現在まで一直線につながっています。なかなかゴールに辿り着けないということは分かっていても、研究者としてそのゴールに向かって前を向くというのが僕たち研究者の仕事です。僕の上を部下たちが踏んづけることで前に進み、その後は部下がさらに下の者の踏み石になり、研究が進んでいく。それが、僕たちのあるべき姿だと思っています。僕は自分の本の中で、僕たちが得た科学的な知識を、子どもたちに開示したいと思っています。それを見た子どもたちが、将来、僕を踏み台にしてくれるのを僕は待っています。「面白そうだな」、「やってみようかな」と、僕と同じような脳の研究をしてくれる子たちが出てきてくれることを願っています。


先人を尊敬し、ルールに従う


――川島さんの本には、将来を見据えた、研究者としての思いが込められているのですね。執筆の際は、編集者の方とのやり取りも多くあったのでしょうか?


川島隆太氏: 僕たち研究者は社会と深く関わっているわけではなく、極めて閉ざされた社会の中で暮らしています。しかし、多くの広い社会に対してメッセージを出したいという矛盾した思いを持っているので、当然媒介となる編集者の方が必要となります。僕の思いを伝えるために、彼らの視線はとても有効です。でも、それを取り入れたら本が売れるかと言えば、それは別物なのかもしれないと僕は思います。

――川島さんはご自身をどう分析されていますか?


川島隆太氏: 僕はどちらかというと、直感的に物を見るタイプの性格です。昔していたラグビーでは、ゴツゴツと人と当たるフォワードよりは、全体を見ているフルバックが一番楽しかったです。全体を見ていると、「ああ、ここで球をもらってここを走っていけば敵陣奥深く行けるな」などがパッと見て分かります。そこに魅力を感じていました。元々の性質・性格なのでしょう。

――生きていく上で大切にされているモットーはありますか?


川島隆太氏: ルールを守ることです。でもそのルールというのは、目の前に見えている世界だけではなく、例えば我々の先人たちが何を目指して、我々に何を託そうとして社会を作ってきたかというような、大きな時間のうねりの中で人としてやってきたことに対して、後ろ足で砂をかけるようなことはしたくありません。目の前で列を乱すやつがいたらカッとすることがあります(笑)。少なくとも「僕と僕の家族にだけはそんなことは絶対させないぞ」というような思いはあります。

同じではつまらない。それぞれが持つ、異なる精神世界が魅力


――お仕事で、電子書籍はよく使われていますか?


川島隆太氏: まだ専門書に関しては十分に電子書籍化されていないので、僕たちの周りにはあまり普及していません。論文を読み込むことが僕たちの仕事でもあるのですが、その論文は全て電子媒体でゲットできます。電子ジャーナルから必要な論文をPDFで引っ張り下ろしてきて、そこから先はパソコンやタブレットを使って自分で読み込んでいくのです。ですから、いわゆる電子書籍というのは僕ら研究者のそばには特にはありません。
コンテンツは、データベースにもなっていて、デジタル化されていますが、僕は古い人間なのか、本気で読み込もうと思うとやっぱり紙が良くて、印刷してしまいますね(笑)。

――紙媒体と電子書籍、それぞれの良さとはどういった部分でしょうか?


川島隆太氏: 紙と画面の違いを調べるために、脳の計測をしたことがあるのですが、同じものを読むだけであれば、紙であろうが電子媒体であろうが脳の働きにはっきりとした違いはありませんが、精読する時には少し差が出るかもしれません。特に紙媒体の場合は、自分の記憶を基に、見たいところへパッと戻って見ることができますが、今の電子書籍というのは、1ページずつ戻していかなければいけなく、それがとてもやりづらいのです。そこが電子書籍の鬱陶しい部分です。海外出張の時、荷物が本で重たくならないよう、読みたい本を電子書籍の中に10冊分ほどダウンロードして行きます。その時しか、僕は電子書籍は使いません。非常に軽い中にたくさんの本が入るということが、僕にとっての電子書籍の最大のメリットかもしれません。あともう1つ。電子書籍の良いところは、目が疲れたら字を大きくできるというところ。これは、我々中高年には特に良いところだと思います。

――人にとって、読書とはどのような意味を持つのだと考えられていますか?


川島隆太氏: 読書というのは、自分自身の精神世界を作ってその中で遊ぶものだと僕は思っています。それをするには、情報量が多いと邪魔になるのです。少ない情報量で自分の精神世界を作って読むから面白いと思うのです。読書と電子媒体というのは、もしかしたら相性が悪いのかもしれません。作家の方の精神世界とは同一ではないという前提のもと、作家の方の精神世界の中に入って行くという読み方がありますが、同じ本を見ていても自分の作った精神世界と、例えばうちの女房が読んで作った精神世界は明らかに違います。同じ本を読んでいても、視線の位置が違うので、精神世界が異なるのです。だからこそ面白いのだと思います。

――情報量が多いと、その面白さを味わえないと。


川島隆太氏: でき上がったアーキテクチャーの中にあるゲームのような世界や、SNSの世界など、インターネットでつながることで、誰もが同じ精神世界の中に引きずり込まれるような場所には、デジタルな世界が作り込まれています。そういった場所に入るというのは個性を失うだけで面白くないという気がしています。
今の技術の発達の中で、情報量を増やすということがいいことだと考えられてきました。おそらく、これからも電子書籍はインターネットを介して色々な検索機能を付けながら、誰もが同じフレームの中に「カチカチカチ」と押さえ込まれていくような発展をするのではという予感があります。

読書は特別な時間を生む


――普段からよく読書はされますか?


川島隆太氏: 僕は出張の時、必ず文庫本を数冊持って行くのですが、東京に新幹線で行く時も、だいたい往復で1冊ずつ、計2冊の少し厚めな文庫本を持って行きます。僕にとっては新幹線に乗っている時間が、読書タイムです。時間がないので本屋へはあまり行かず、Amazonなどで本を買うのですが、評判を聞くなどして、面白いと思った作家さんを見つけたら、その人の本を年代を追って全て読みます。順番に読んでいくと、その作家さんが作ろうとしている精神世界がなんとなく見えてくるのです。その世界に共感できれば最後まで追いかけますし、逆であれば途中で止めます。最近は、過去に直木賞をとった作家さんの本を1冊文庫で買い、肌に合えば、ざっと読むなどしていました。読書は、僕にとって貴重な遊びであり、リラックスするための大事な時間です。普段は本を読んでいる暇がないので、出張が楽しみです。

――ご自宅にも本はたくさんあるのでしょうか?


川島隆太氏: 子どもたちや女房が読む用に、僕が読んでいるものは居間に置いておきます。それからしばらく経ったものは、本棚の方に移していきます。最近は、非常に疲れているのか軽いものを読んでいます。先日は、万城目学さんの本を読みました。万城目さんの『鹿男あをによし』とか、福井晴敏さんの『終戦のローレライ』など、映画になった原作の本などが本棚にあります。ここ2、3カ月の間に東野圭吾さんや伊坂幸太郎さんの本も、出張の時に読みました。

――ご家族で読んでらっしゃるのですね。


川島隆太氏: 居間や本棚に置くことで、僕がどんな本を読んでいるか家族に分かりますし、それを家族が読んで「面白い」と思った時は一緒に話ができます。女房は、僕が読んだものをみんな読んでいて、「この人はつまらない」「これは面白い」「なんでこれが面白いのか分からない」などと、感想を言ってきます。子どもは、難しい文を書く人の本にはついてこられず、自分自身の想像力を要求するような本が苦手のようです。子どもたちを含めて家族みんなが食いついたのは、浅田次郎さんの本です。彼の本は非常に平易な文体で、かつ世界観も割と広く作ってくれています。彼の本には入りやすさがあるように思います。

作家さんの世界に入り込む、2つの方法


――先生の本にも入りやすさを感じますが、執筆の際に、意識されているのでしょうか?


川島隆太氏: 良い面と悪い面があるのですが、読み手に合わせて分かりやすく書いています。上から目線的なところがある本もありますし、そういった場合は、作家さんの精神世界に無理やりにでも入っていこうとする努力をしないといけないとも思います。僕は、三島由紀夫の本が大好きで、『豊穣の海』がとても面白いと思っているのですが、彼の世界に入っていくというのは体力が必要です。僕たちの常識とは全然違うところを見ている本の世界に入り、自分の世界を作ろうと思うと、とてもエネルギーを使いますし、まとめて読書しなければ、再度その世界に入るのは大変辛い作業になります。でもそれはそれで読書のあり方としてあっていいと思いますし、敷居を低くしてとりあえずその世界に入ってきてもらうというやり方があってもいいと思います。僕の場合は子どもに向けて書いているので、大変な作業をさせないため、その本の世界に入りやすいように書いています。大正や昭和の作家さんたちの文章というのは格調が高すぎて、彼らが何を考えていたかというのを思い知るのはとても難しいのですが、あの精神世界の中に入る努力をするというのは結構な鍛錬になると思います。でも、疲れている時は今の作家さんの方が読みやすく、非常に心安らぐので良いです(笑)。

――今後の活動について、お聞かせ下さい。


川島隆太氏: 4月から研究所長になります。僕自身が気を配る範囲が非常に広くなりますので、そういう意味ではこれからの1年の僕のキーワードは「滅私奉公」です。でも滅私奉公しつつも、研究者としての自分をどう保つかというのが、今後数年のテーマだと思います。今までは自分の研究室にいる50人くらいの人間が間違った方向に行かないよう、僕と同じ方向を見てもらえるように、川の向きをやんわりとこちらへ、という意識でやっていましたが、これからは数百人の人を預かることになります。そういった中でも、僕は自分の夢とも向かい合っていたいので、管理者としての仕事だけに自分の全てを取られるのはまずいなと思っています。ですから、どうやってバランスを取るかということが大きなテーマです。これを乗り切れるかどうかは、大いなる実験ですね。

(聞き手:沖中幸太郎)

著書一覧『 川島隆太

この著者のタグ: 『アドバイス』 『研究』 『理系』 『研究者』 『ルール』

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