行動で環境は必ず変化する
――横山さんは色々と困難な状況を、好転させてきました。
横山信治氏: 崖っぷちから這い上がるのが好きみたいです(笑)。最初に勤めた会社で、大阪から東京に転勤になって成績の悪かった前任者のあとを引き継いだ時も、自信の行動から環境を変えていくことで、全国最下位からトップになりました。
最下位だった頃は、飲みに行けば、上司や成績の良い同僚、それから商品への批判などで管を巻いていました。ある日、自己啓発セミナーに、わらをもすがる思いで行った時に面白い話を聞きました。「ベンツの写真を貼れ。そうすればベンツが手に入る」とかそういうアヤシゲなセミナーでしたが(笑)、「予算達成できない営業マンは、似たもの同士でつるんで、会社や上司の悪口を言ってるんだ」と言われた時は、ドキリとしました。たしかに、営業成績トップの人間とはあまり話をしていないことに気がつきました。当時、成績がトップだったぼくの一つ後輩を昼飯に誘ってみると、課長の悪口も出ないし、商品に対する評価も180°違うもので、具体性がありました。
そこで、自分の状況を改めて見直し、何が出来るかを考えました。当時はバブル時代で、銀行の融資の審査基準があいまいで、しっかりとした基準で見れば審査に通る人がこぼれている状況でした。そこに目を付けると、評判を呼び、その結果予算を達成し、半年後には全国トップとなりました。行動を変えることで、仕事もどんどん変わっていきました。行動を変えれば環境が変わる。何もしなければ、何も変わりません。
思考優先でブルーオーシャンに漕ぎ出す
横山信治氏: ところが一難さってまた一難。今度は、借金取り立ての部門に左遷されました。訪問先からは罵倒されるか泣かれるかで、ついにはうつ病になってしまい、子どもも登校拒否をするように。なんとか次の職探しをと動くのですが、当時は金融危機で同じ業界の再就職先もなく、あったとしても給料が3分の1か半分になるという厳しい状況でした。
――どうやって打開していったのですか。
横山信治氏: 「年収を増やす」ことを考えていたぼくは、応募が殺到しそうな大手企業にあえて応募しました。ふたをあけてみると、募集人数5人に対して、来ていたのはたったの7人。妥協せずにチャレンジすると、こういった運はやって来ません。
会社を辞めようと思ってから半年間、ナポレオン・ヒルの『思考は現実化する』を中心に、たくさんの本を読みました。するとエネルギーがわいてきて、「不可能なんてないんだ」というテンションに。だからこそ、そのアクションが起こせたのだと思います。うつ状態のままだったら、やっぱり年収3分の1のところしか受けていなかったと思うのです。常識で考えたら「年収半分の方が通りやすい」と思ってしまいますが、考えることは皆同じです。結局妥協の先は、競争率の高い「レッドオーシャン」なんです。この時は本が後押ししてくれました。