「州構想」で日本を元気にする
中央大学経済学部の教授である佐々木信夫さん。専門は行政学、地方自治論。東京都庁勤務、慶応義塾大学、米カリフォルニア大学(UCLA)客員研究員などを経て中央大学の教授に。2012年から橋下徹大阪市長に委嘱されて大阪市特別顧問に就任。分権時代の新しい自治体のあり方や地方議会のあり方について、実務出身の学者として、経験を基にわかりやすく説く佐々木さんに、日本の現状、そして改善するべき問題点などを語っていただきました。
研究と実践の日々
――様々な場所で、先生の活動をお見かけします。
佐々木信夫氏: 活動の幅は学内にとどまらず、あらゆる仕事があります。大学では、4単位の講義を六つ持っています。講義とゼミですが、学部と大学院それぞれ三つずつあります。講演なども頼まれるので、合間に時間を作って出掛けます。
――NHKTVの「視点・論点」にもでていらっしゃいますね。
佐々木信夫氏: はい、時々出ます。また先日は、「クローズアップ現代」も撮りました。また、学者の国会のような存在である「日本学術会議」では、政治学6人の学者の中で、行政学、地方自治をわたしが担当しています。少し前だと大都市制度をどう変えるかとか、人口減少社会にどう対応するかとか、道州制をどうするかとか、議論されていました。そういう地方制度に関連する大きな審議会である地方制度調査会(首相の諮問機関)にも委員として加わり、月に2回ほど専門委員会が開かれます。法律改正につながる話なので、研究が生き、実践が活かされる場です。
現場で芽生えた問題意識
――行政学、地方自治の問題意識はどのようにして芽生えていったのでしょうか。
佐々木信夫氏: 昔からずっと感じていたものでした。都庁勤務時代にいた企画審議室調査部という所は、東京一極集中問題を扱う部門で、現場にいる人間しか巡り会えない、様々な問題にぶち当たりました。その後、都庁から大学教授に転じてからもです。講義の合間をぬって全国で研修や講演、シンポジュームのコーディネータを行うようになり、青年会議所のメンバーに地域づくり運動や地方分権運動などのアドバイザーをやっていました。そこでも研究室からだけでは見えない地方の問題を感じることが出来ました。
声を届ける「本」の可能性
――その現場での声を汲み取り、解決した成果が本にまとめられています。
佐々木信夫氏: 最初に出したのは都庁時代で、『現代都市行政の構図』という本だったのですが、その当時は大変でした。何しろまだワープロも一般的ではなかったため、かみさんに清書してもらっていました(笑)。日本都市学会賞を頂きましたが、妻にも感謝しています。評価という点で言うと、「本」は一旦生み落としたら、著者の元を離れ批判にさらされたり、一人歩きして影響力を持つようになるかもしれません。
――「本」という媒体の影響力を実感しますね。
佐々木信夫氏: 都庁から大学に代わった時に書いた『都庁―もうひとつの政府』という岩波新書が、都庁新宿移転のときと重なったこともあり、ベストセラーになりました。以後、『東京都政』(岩波新書)、『都知事―権力と都政』(中公新書)と数年おきに書いていることもあって、いまや都政のことは「佐々木さんからコメント」をとる風潮がマスコミに定着したのか、TV、ラジオ、新聞、週刊誌に頻繁に引っ張り出されます(笑)。
つい先日、全国から地方議員を集めたセミナーで講演した際、休憩になったら、30歳くらいの青年議員が近寄ってきて、「私は先生の『地方議員』を読んで感動して議員になりました」(島根県の大きな市の議員)というのです。ビックリしましたが、人の人生を変える程の影響もあるものだと、改めて責任感を持ち直しました。
――どのようにしてまとめられるのでしょうか。
佐々木信夫氏: 自らの経験と、最新の状況を符合させて一冊の本が出来るのですが、最初の段階ではなんとなく頭に浮かんだことを編集者と話し合うことから始めます。本を作り終わると空っぽになった感じもあって、半年ぐらいは書けません(笑)。そのうち、研究成果と頭の中の問題意識が結びつき、編集者と相談して……、二人三脚で生み出しています。アメリカの在外研究から戻って書いた筑摩の『市町村合併』は、おかげさまで多くの人々に読んでもらえました。
――賛成・反対の意見がしっかりと記されていると感じます。
佐々木信夫氏: どちらの立場の意見も記しているので、合併評議会など、住民に説明する場合や議論する場合に非常に役に立ったと言われました。
数字のからくりに気をつけろ
――こちらの研究室には資料から洋書まで本棚にぎっしりと埋っています。
佐々木信夫氏: 木の棚は歪むのが厄介なのですが、どうしてもスチール棚は冷たくて、大学支給ではなく自分で用意しました。僕は木の温かみが好きで、自分で無駄のないように工夫してみたら、驚くほどきれいに収まりました。
――佐々木先生の読み手の側面を伺います。
佐々木信夫氏: 都留重人先生の『21世紀 日本への期待』を紹介したいですね。都留先生は、一橋大学の学長をされていましたが、アメリカのハーバードへ留学経験があり、近代経済学者のポール・サミュエルソンを翻訳されました。先生は、経済を形だけ成長させることはできるけれど、それで豊かになったかどうかというのは別の話だという面白い話をしています。
例えば、Aという10000匹の蚊がいる島と、Bという蚊がいない島があったとします。Bという島で経済を成長させるため、Aから蚊を輸入する。そうすると、蚊の産業が興され栄えます。もともとGDPが100だったAを抜いて、110になるかもしれません。でもそれで、人々は幸せになったでしょうか?という話をしています。
――数字の成長が幸せの数値を反映しているとは限らない、と。
佐々木信夫氏: ですから講演会でも私は、今後人口が急減するので、「経済は成長しなくていいんじゃないか」と言っています。1億3000万人が暮らせるように道路も学校も作ったのだから、経済はゼロ成長でも豊かになる。なぜなら、8000万人で13000万人時代の道路や住宅などを広く使える訳だし。江戸時代までさかのぼると、日本の人口は800万人から1000万人。だいたい明治20年代前半では、3000万人ぐらいで、その頃と比べると、この国の人口は4倍になりました。
5年前から20万人ぐらいずつ減りだして、大変だ大変だと言っているのですが、歴史を見ると、これまでの人口の増え方が異常なのです。人口はどんなに頑張っても100年経ったら、8000万ぐらいに減るでしょう。でもいま述べたように8000万人で1億3000万人が暮らしたインフラを使えるなら、家も広くなるし道路も快適に走れるから、1人頭で見れば豊かになる。
トータルで見て中国に負けたとか、アメリカに次いで2番目だとか、そういう話しかしない。しかし、人口が減ってもGDP500兆円の経済を技術革新によって維持できるなら、つまり労働力の縮小をハイテクで維持できるなら、世界で一番豊かな国になるのです。GDPを600兆円、700兆円にするという成長戦略をやろうとして、たくさん国債を発行するけれど、もうそれは次世代へ負担を残すだけです。
――捉え方を変えてみると、別の答えが導きだされますね。
佐々木信夫氏: 景気が落ちたら内需を拡大すればいいという、ケインズ経済学の考えのままでよいのかなと疑問に思います。世の中は、もっと複雑になっているのです。東日本の沿岸部は部品工業で成り立っていたのが、地震がおきて、アメリカで車ができないという状況に陥りました。それをサプライチェーンが切れたという風に言いますが、今はそういう二重・三重構造になっています。経団連でも地方活性化のために地方分権を進め道州制移行しなければといっています。今やるべき成長政略は大胆な統治機構改革を行うことです。小泉政権を見習うべきです。
納税者の一票が、変化をもたらす
――統治機構改革として、「日本型州構想」を提唱されています。
佐々木信夫氏: 47都道府県体制ももう140年経ちます。もはや古くなった中央政府が仕切る体制をやめて、連邦制に近い州にするのです。財政調整に関しては最小限やらなければいけないとしても、それぞれが国(州)というような形が、都市国家のスタイルなのです。中央政府がしきるのは途上国のやり方。都市同士、州同士が競い合う、グローバリゼーションを隅々まで受け止め戦うのは、中央政府ではなく州政府がやるのです。それをしないと日本は元気にならないと思います。
まずは、大幅に無駄を減らす必要があります。国の本省があり、そのブロック機関とその出先、そして県、そしてその出先、市町村があってという日本の統治機構は5層にも6層にもなっている。この維持だけで膨大な税金が消え、無駄です。国会議員722名、県会議員も2800人もいるし、市町村には3万5000人もいる。そして公務員365万人。資本主義を大事にしようと思えば、これを3分の1~2分の1ぐらいの簡素な統治機構に変えて、民間で使うお金を増やさないといけません。どんなに遅くても、この10年間で、そういったことをやらないと借金で国がつぶれてしまいます。州を10ぐらいにすれば県知事は10人になるし、2800人の県会議員は800人ぐらいになる。国政の役割を州に移すと、衆議院には480人も必要なく半分の240人もいればよい。参議院も今の半分の120人もいればいい。アメリカの上院は州の代表で人口に関係なく各州から2人だけ。日本の参議院にあたる上院は、たったの100人です。日本の参議院は120人にしても多いくらいです。
――日本型州構想の壁となるものは。
佐々木信夫氏: 最大の問題は、官僚が抵抗勢力といわれますが、意思決定する国会と都道府県議会でしょう。大阪都構想が乗り上げているのもそこなのです。大阪市議会がなくなると88人の市議会議員は全員クビになる。それは大変だということで、議会を守ろう、集団的防衛権を発動する行動に出るわけです。名古屋でも、河村たかしが、「定員を半分にしろ」ということで、3回、条例を出したけどNOでしたよね。「議員の報酬を、1500万から半分にしろ」と言ったら、自民から共産まで全部、反対。州制度へ移行すると、国会議員が半減、都道府県議会議員が3割に減る可能性が高い。
――変革を起こすのは、容易ではありませんね。
佐々木信夫氏: そうです。しかし、この話を聞いても国民は動かないかどうか。政府にとっては知られたくない真実かもしれませんが、この15年間でこの国はまったく成長していないということ。成長をめざし借金を1000兆円積み上げましたが、効果はなし。この政策は誰がやったか。ダメな仕組みは主役である国民がすぐに取り替えることができるようにしなくてはなりません。そのためにも、国民の意識改革が不可欠です。せっかく、刀より強い一票を持っている有権者なのですから、これを使わない手はない。社会科学は世直しの学問。実務出身の学者として、政治や行政の現場と理論のギャップを埋めることはもちろん、こういったことを本で訴えていくのが、私の使命だと感じています。
(聞き手:沖中幸太郎)
著書一覧『 佐々木信夫 』