学びは領域の枠を超えて
高橋昌一郎氏: アメリカの大学は日本の大学と違って、とくにCOLLEGE OF ARTS & SCIENCESでは理系・文系の区分けがなく、非常に自由にカリキュラムを組むことができます。日本では、文学部では文系中心の勉強になるし、理学部では理系中心と、どうしても履修科目に偏りが出る傾向がある。「教養学部」のような形で理系・文系の枠を超えようとしている学部もありますが、高校から始まる縄張り区分を排除することは難しそうですね。
――アメリカでは興味のある事柄を、領域の枠を超えて学べることができたんですね。
高橋昌一郎氏: ええ。でも最初は授業の英語が聞き取れず、大変でした。悔しいから、朝から夜まで勉強ばかりしていましたよ。最初はアメリカ人の学生の友達を作って、いろいろと教えてもらいました。とにかく猛勉強しているうちに、学科でトップになって「プレジデンシャル・スカラー」という賞をもらった。そうしたらアメリカ人の学生の方が、私に「教えてくれ」と聞きに来るようになりました(笑)。
――大学では何を専攻されていたんですか。
高橋昌一郎氏: 数学科と哲学科、二つの学科に籍を置いていました。アドバイザーから「留学生が二つの学科に籍を置くのは大変だから無理」だと言われましたが、私はその両方をやりたかったので…。いわば理系と文系の両面から論理というものを理解したかったのです。
――数学と哲学の中で論理を追求するようになったんですね。
高橋昌一郎氏: 根本を追求していくうちに、そこに行き着いたという感じです。ミシガン大学の大学院では様相論理学を専門にして、いろいろな公理系の不完全性を調べたりしていた。そこでアラン・ギバード教授に出会いました。ギバード先生は、倫理学者、とくに意思決定論の専門家で、その不完全性のような構造が、論理の世界だけではなく、投票や選好のような経済の世界にもあることを教えてくれたのです。どちらかというと論理の「専門バカ」になりかけていた私を、現実世界に引き戻してくださった感じですね。
――ギバード教授との出会いは大きかったですね。その後アメリカに残らず、日本に帰国されます。
高橋昌一郎氏: アメリカの大学では教授が異動することは珍しくないですからね。ちょうど哲学科の指導教官もイギリスに移ることになって、「オックスフォードに一緒に行かないか」とも誘ってくれました。かなり悩みましたが、それは非常に専門化された「論理学者」として生きていくということで、私は、その点だけに興味を絞ることができませんでした。いろいろな学問領域にある「限界」を研究してみたかったのです。ちょうどその頃、ペンシルベニア州立テンプル大学に日本校ができることになったので、そこの講師となって日本に帰国しました。
本を手がかりに知的刺激を感じてほしい
――探求したい事柄は一つではなかったと。
高橋昌一郎氏: アリストテレスが学問の出発点は「WONDER(不思議)」だと述べています。少年時代にあらゆる種類の本を読んだことが原因かもしれませんが、今でも私はどんな分野においても不思議を発見し、そこに喜びを見出したい気持ちを抱いています。結果的に私がいろいろな本を書いているのも、読者にそのような発見の喜びを感じるための出発点にしてほしいという想いがあるからです。
――最初に『ゲーデルの哲学』(講談社現代新書)を書かれます。
高橋昌一郎氏: 帰国してすぐ、講談社の名物編集者の上田哲之氏が「書いてみないか」と話をくださいました。こちらは私の専門分野に関わる本でしたが、それでもわかりやすく書くのが大変で、完成までに7年かかりました。そこから同じ講談社現代新書の『理性の限界』に繋がっていくまでには、8年かかりました。
――『理性の限界』は、大変な情報量、読み応えを感じます。
高橋昌一郎氏: 3冊分の内容が入っていますからね(笑)。私も当初「1冊でやるのは無理」だと言ったのですが、上田さんは、経済学と物理学と論理学というまったく別の分野のなかに「限界」を見出してまとめることに意味があるのだからと、励ましてくださった…。その結果、「アロウの不可能性定理」、「ハイゼンベルクの不確定性原理」、「ゲーデルの不完全性定理」の3つの内容が1冊に盛り込まれてしまった(笑)。
これだけの内容を織り込みながら、わかりやすくするために、専門家から一般人まで数えきれないほどのキャラクターが登場する奇妙な対話形式を生み出しました。その後、続編『知性の限界』と『感性の限界』も執筆しましたが、限界シリーズ3冊の参考文献は合わせて250冊を超えます。私の作品の読者には、ぜひこれらの文献も参照していただければと願っています。
――考える出発点が「本」なのですね。
高橋昌一郎氏: そう。逆に「この本にすべて書かれている」とか「この本さえ読めばすべて大丈夫」という本があったら、それはニセモノだということです。本の目的は、それが大いなる知的刺激を読者に与え、常に出発点となること。それは専門書でも同じで、それ以上のものを本に期待すべきでもないと思っています。今はありがたいことに、方々から出版の話が来ています。これからも論理的思考を基盤に置いて、様々なテーマで「知的好奇心」を刺激する作品を書いていくつもりです。
(聞き手:沖中幸太郎)
著書一覧『 高橋昌一郎 』