「サムライ・インタビュアー」として世界の舞台で勝負したい
松本道弘さんは、海外生活経験なしで英語を習得し、アメリカ大使館の同時通訳となり、NHKの「上級英語講座」の講師、大学教授などを歴任したいわば日本の英語教育の重鎮です。現在は、ニュースキャスターとしても活躍し、世界のニュースを時事英語の情報を交え解説しています。松本さんに、生きた英語を習得するための学習の仕方、電子書籍の未来などについてお話をお聞きしました。
ニュースキャスターの緊張感が喜びになっている
――松本さんのお仕事の近況をご紹介いただけますか?
松本道弘氏: 今は主に、インターネットテレビで「TIMEを読む」という番組のニュースキャスターをやっています。
――題材となっているTIME誌の魅力はどういったところにありますか?
松本道弘氏: もう30年以上TIMEを読んでいて、この20年ぐらいはTIMEを隅から隅まで読んでいますが、TIMEは、1週間で世界の情報を50ページにまとめているんです。日本の雑誌は、文春とか新潮でも世界に特派員はいないですからそういうことはできないですね。1週間の世界の情報を50ページにコンパクトにまとめるコツ、エッセンスを編集長に聞いたら「ディベートです」といっていましたね。TIMEではディベートをものすごくやっています。参加したこともありますが、バーッと議論してピタッと決めて、その後は遺恨とかメンツとかを全部捨てるんです。「はい決まった、次の会議」と、50ページの内容が本当に早く決まっていきます。ディベートというのが日本の文化にはないなあと思いましたね。いずれは日本でもTIME的なものをやりたいなと思っています。
――「TIMEを読む」は、日本語での解説とTIMEの英語の原文を織り交ぜた内容ですが、どのようなことを心がけて番組作りをされていますか?
松本道弘氏: キャスターとなると、英語と日本語どちらも同じスピードで読む、聞く、話す必要があるので、同時通訳をやっているような調子なんです。そうなると日本語と英語、同じ量の情報がいるわけです。ニュースキャスターの仕事は常にインプットが必要で、日本語と英語の情報収集と取材に時間とお金をたくさんかけなくてはなりません。キャスターとして意識するのは、池上彰さんみたいな人ですね。英語で話しているかどうかは問題ではないんです。小学5年生にわかるような話し方をして、聞いている人に「松本の解説はわかりやすい」といわれないとだめだと思っています。「TIMEを読む」はアップロードした途端に見られるので、何か間違いがあるのではないかと緊張して、毎回、自分が一番ビクビクしています。でもこの年になって恥をかけるというのは幸せなことだと思いますので、修行のためと思ってやっていますね。
同時通訳は話者の影になる能力が必須
――松本さんはアメリカ大使館で同時通訳の仕事をされていましたが、その経験もキャスターとして生きていますか?
松本道弘氏: そうですね。30歳ぐらいの時に同時通訳者をしていたのですが、その時にまず感じたのが、同時通訳というのは英語を聞いて日本語に変えなくてはいけないし、日本を英語に変えなくてはいけないから、英語が好きな人は務まらないんです。なぜなら英語に酔ってしまうからです。言葉に酔ってはいけないというのが通訳者の基本です。
――通訳には、話者がある程度まとまった分量を話した時に訳す逐次通訳もありますが、同時通訳との違いというのはどういったことでしょうか?
松本道弘氏: 逐次通訳は、しゃべるまでに間があるから、聞いて解釈して文法を考えられます。しかし同時通訳は瞬間だから考えている暇がないんです。だから話者の中に入らないといけません。相手がニヤッと笑っているなら、自分も表情を浮かべながらしゃべらないとできません。そのためには言葉が消えなきゃいけない。自分のいっている言葉に気を取られて、「うまい表現を使ったな」と思っているうちはだめなんです。同時通訳というのは相手の影になりきるものです。実体の先に出てはいけません。力があっても前に出ないというのが同時通訳者で、ニュースキャスターもそうではないかなと思います。
――同時通訳に必要なスキルはどのように鍛えれば良いのでしょうか?
松本道弘氏: 左脳で考えるだけではだめで、感覚がいりますね。外務省なんかは一流大学を出た偏差値が高い人ばかりだけど、記憶力がいいから単語を覚えてしまっているんです。そうすると頭の中が整ってしまって、コミュニケーションができなくなってしまいます。筆記試験で上がってきた人は、情感が失われているんです。だから音楽とか色とか、右脳を使うことですね。英語と日本語が同時に出てくる状態にするには、「muscle memory」、筋肉の記憶が必要なんです。例えば、僕が『オバマの本棚』(世界文化社)という本を3ヶ月で書いた時は、オバマのFacebookに書かれているプレスリリースを全部読んだだけではなくて、オバマの好きな本を30冊読みましたし、オバマが好きな映画も見て、オバマが好きなゴスペル音楽も聴いて、浅草を歩きながらオバマになりきったんです。ミシェル夫人と食事している夢まで見ましたよ(笑)。
――日本人はとかく英語音痴といわれますが、学習方法にも問題があるのでしょうか?
松本道弘氏: 日本の勉強は一生懸命覚えても、試験が終わったら消えてしまうでしょう。英検でもTOEICでも、例えば満点を1回取ると、今だったらもう20点ぐらいしか取れなくても一応「取った」ということは残ります。これは妄想、イリュージョンの世界です。取ったことがあるということに気持ちがとどまってしまう。そうならない方法は、資格を取ってもすぐにそれを捨てて、気持ちを常に空っぽの状態にすることです。最近では、スティーブ・ジョブズが使っていた「Don’t settle」、これが一番ですね。これ以上努力しなくていいんだと思ったらそこで止まってしまいます。僕は「松本」ができ上がったと思ったら死ぬと思っているんです。
英語は「寅さんマインド」で学べ
――松本さんの英語の解説なども、言葉が自然で、カクカクしていないところが人気ですが、やはり「情感」を込めることを意識しているのでしょうか?
松本道弘氏: そうですね。それは僕の出身が関西、大阪だったからというのもあると思います。僕は大阪にいる時に、『GiveとGet』(朝日出版社)という本を書きました。これは、GiveとGetだけで英語は使えるという内容の本ですが、これは東京ではできないです。東京はどうしても左脳型で読んでしまう。関西人というのは、司馬遼太郎にしても気取らない文章を書きますね。司馬遼太郎が明治維新を書いたものは、歴史小説の中でもコーヒーを飲みながら話をするのにもってこいです。構えがないんですよね。「もっと近くに来い、今お前と一杯飲んでいるんだよ」っていう感じに持っていくのが大阪なんです。東京はなんとなく相手と距離を置いてしまう。ただ、東京にも優れた話し手がいます。「男はつらいよ」の寅さんです。僕は最近寅さんの研究をしているんですよ。寅さんは「結構毛だらけ猫灰だらけ、おけつの周りはくそだらけ、粋なねえちゃん立ちしょんべん」なんて、テキ屋のたんかが自然に出てくるでしょう。英語も自然にリズムに乗ったら、使ったことのない英語が勝手に出てくるんです。それで今、「TIMEを読む」に寅さんの格好で出ているんですよ(笑)。
――帽子にジャケット、ブルーのダボシャツで(笑)
松本道弘氏: そうそう、腹巻きもしています。それから視聴率がちょっと増えたんです(笑)。あの語りは大学の教授の講義と全く反対です。大学の教授なら90分じっとしていても学生は聞いてくれるけど、上野のアメ横のバナナのたたき売りは、人が流れているから、足を止めなきゃ買ってくれないんです。横でサクラが「これ、安いねえ!」っていいながら引き留めないといけない(笑)。それにしても寅さんの妹の「さくら」ってうまい名前ですなあ。テキ屋の「サクラ」なんですよね。
著書一覧『 松本道弘 』