数学は道具、それを使って何をするかが重要
ロングセラーであり、海外で数多く翻訳されている「マンガでわかる統計学」シリーズ(オーム社)の著者。1972年新潟県生まれ。九州芸術工科大学(現・九州大学)大学院芸術工学研究科情報伝達専攻修了。民間企業で統計学セミナー講師業務やデータ分析業務に長く従事した後、独立。現在は著述家。「マンガでわかる統計学」シリーズのほか、『入門 信号処理のための数学』(2007年・オーム社)、『すぐ読める生存時間解析』(2007年・東京図書)など著書多数。理系の著述家、高橋信氏に、数学教育の問題点や本を書くようになったきっかけ、電子書籍についてなど、お聞きしました。
全貌を、そして何に役立つかを明確にすべき
――早速ですが、近況を教えていただけますか?
高橋信氏: 基本的には毎日を著述で過ごしておりまして、週に1回、千葉県の大学で非常勤講師をしています。執筆はすべて自宅の仕事部屋です。昔、会社勤めをしていたのでそれの延長線上で、誰にも頼まれていませんけど毎日9時~5時という感じで仕事をしています。一応、土日は休みと思っていますから、土日は何となく少し気分がいいですね。
――幼少期の読書体験、本を書くようになったきっかけなどをお教えいただけますか?
高橋信氏: 特に書くことが好きなわけではなかったし、本もそれほどは読まない子どもでしたね。ただ、数学の教材については色々思うことがありましたので、子ども向けに自分で学生時代から作ってはいました。
――数学の教材について、どんなことを思われていたのですか?
高橋信氏: 数学教育、特に大学以降の数学教育が、私はあまりいい状態ではないと思っています。私が卒業して20年ほどたっていますので、少しは良くなっているかもしれませんが、おそらく劇的には変わっていないと思います。数学教育の問題点は、大まかに言って二つ。一つは全貌がわからないこと。もう一つは、これを勉強することが「自分の何に役立つのか」、あるいは「世の中にどう役立つのか」を教えてくれないこと。もう少し具体的にお話しします。例えば数学の世界をクジラに例えましょう。すると、いまの教育は、「クジラはこれぐらいの大きさです」といったことを一切教えてくれないんです。いきなり顕微鏡で毛の1本1本を見て、ああだこうだいう。全体はとてつもなく大きいのに、その毛の1本1本の話だけしかされないわけですから、学んでいるほうは何のことかサッパリわからない。いつこの話が終わるのか予想もつかない。これが例えば「いまは背中の黒い部分の毛について注目しています」とか、「目の周りの毛について注目しています」とか、そう言ってくれれば少しは雰囲気がつかめると思いますが、それさえも一切言わずに、いきなり毛1本1本の話を始めるので、ウンザリしてしまいます。しかも下手をすると、「クジラについての話をしている」ということさえわからなくなっていく。要するに、全貌がよくわからないんです。もう一つ、何の役に立つのかわからない。これは大工の世界に例えましょう。例えば、大学の教育では、世の中にカンナやノミがあることは教えてくれるんです。カンナの使い方、ノミの使い方も教えてくれる。ただ肝心の、これが何の役に立つかを一切教えてくれない。自分にどう役立つのか、あるいは自分に役立たなくても社会のどの辺でどう役立っているのかを教えてくれないんです。その2つが大きな問題点というか、気になる所ですね。
社長が言ったひと言。「高橋君、やってみるかね」
――著書の『マンガでわかる統計学』(2004年出版・オーム社)は、わかりやすいですね。
高橋信氏: いま言いました2つの点を、私は常に気にしています。ただ、一つ目の「全貌」については数学にはさまざまな分野があって、私はすべてを知っているわけではありませんから、執筆の上で乗り越えるには限度があります。2つ目の「何に役立つのか」は、必ず読者に目標を示すよう常に念頭に置いて書くようにしています。とにかく先に目標・ゴールを立て、ゴールに至るためにはこの知識とこの知識が必要だと、まず書きます。読者は当然、頭から読むわけで。このゴールに行くためにはこういう知識がないとダメなんだと、わかってもらえているんじゃないかと思います。
――統計について出されている著書の中には、海外で翻訳出版されているものも多くあります。こういった本を書かれるきっかけは何でしたか?
高橋信氏: これはめぐり合わせですね。私はもともと会社勤めだったんです。勤めていた会社の社長が、非常にわかりやすい統計学の本をお書きになる方だったんです。ある日、社長が本を出していたオーム社の編集者が会社に来られて、その時に社長から急に「高橋君も来なさい」と言われました。わけもわからず行ったら、オーム社の方が「マンガで統計学のような本を書けないか」という企画を持ってきていたんです。編集者は社長に話を持って来られたんですが、社長が「高橋君、やってみるかね」って。社長がどういうつもりで私に任せてみようと思ったのかわからないのですが、大変ありがたい機会を頂いたと思っています。
――普段の仕事で統計学に関することをされていたんですか?
高橋信氏: 会社では、社会人向けの統計学セミナーをやっていました。私は講師として話す機会がたびたびありましたので、題材自体は頭の中にあったんです。そのマンガを書く1年ほど前には、社長と大学の先生と共著で本も書いていました。
――『マンガでわかる統計学』を書いたのはおいくつのときですか?
高橋信氏: 32歳です。そんな機会が得られるとは考えたこともありませんでしたので、本当に恵まれていたと思います。
著書一覧『 高橋信 』