情報をあまねく広げる「個人」の出現で社会が変わる
前坂俊之さんは、新聞社勤務時代、冤罪事件や新聞の戦争責任などについて調査、執筆を行い、独立後は大学教授、作家・ジャーナリストとして広範なテーマで活動。最近では、You Tubeでの動画配信に活躍の場を広げ、ネットメディアの可能性に関しても積極的に発言しています。前坂さんに、日本の報道メディアの問題点、情報発信の重要性などについてお聞きしました。
ネット動画の時代に乗り遅れる既存メディア
――前坂さんはデジタルビデオカメラでの動画アップロードなどに言論活動の舞台を広げていますが、お仕事の近況をお聞かせください。
前坂俊之氏: 基本的な考え方についてはWikipediaで出しています。Wikipediaは「Who’s Who」のようなものです。どういう仕事をやっているかをリアルタイムにWikipediaに載せて、データは自分のブログなり、動画の場合はYou Tubeに載せていく。そういうコンセプトでやっています。
――動画のよさはどこにありますか?
前坂俊之氏: 事実を最もよく伝達できるものは、動画なおかつハイビジョンです。高画質で、ミクロな物も鮮明に撮影することができるし、インタビューでもその人がどういう表情でどういうしゃべり方をしているのかというのは動画でないとわかりません。活字媒体だと一時間話をしても、A4で1ページぐらい、写真1枚になってしまいます。本人の了解さえ取ってインタビューすれば、You Tubeにアップできるんですから、活字媒体には、動画情報はニコニコ動画やYou Tubeに無修正で載っていますというように、リンクを張るべきですね。例えば、昔の政治家なんかは実際に会いに行くだけで全然違います。田中角栄とか、田中軍団の末端にしても一見しただけで目つき、迫力が違う。今の人は「オーラ」とか言っていますが、あれはオーラじゃなくて「殺気」なんです。侍と同じで殺気が満ちている。角栄だったら、あの独特のダミ声でしゃべっていると、どういう感じの人だったのかよくわかりますし。
――前坂さんは新聞も出版もテレビも100年遅れているとおっしゃっていますが、日本の報道メディアの状況をどのようにご覧になっていますか?
前坂俊之氏: せっかくデジタル社会になっているのに、100年前、150年前の活字ベースですからね。100年前に誕生したマスメディアが、デジタル社会への移行を抵抗勢力となって足を引っ張っているわけです。新聞がまだ中心にどかんと座って、記者クラブが政府と一体となって情報管理するような構造になっているわけでしょう。動画の時代に大転換しているのに、相変わらず活字の目でしか見ていないわけです。
――映像メディアという意味で言うと、テレビも大きな存在ですが、テレビについてはどのように感じていますか?
前坂俊之氏: テレビも、トップは新聞社の天下りですから。デジタル変換する段階でもうテレビからパソコンに取って代わられているのに、相変わらず地上波テレビを生き残らせるためにスカイツリーとかを作っている。電波なんか飛ばす必要はないんです。全くガラパゴス体制で、ワンセグなどという一昔前の特殊な技術をやっているわけでしょう。結局テレビも新聞と一体となって総務省の天下りで、オープンじゃないんです。
民主主義の根本はあらゆる情報の公開
――ネットで色々な情報にアクセスできるようになっていますが、マスメディアの役割はどのようなことでしょうか?
前坂俊之氏: これだけ情報が爆発しているのに、朝日新聞でも読売新聞でも1日に読めるのは40ページぐらいで、活字量はその20%です。世界中で複雑な問題が毎日のように発生しているのに、短い情報にしなくてはならないんです。尖閣列島の問題だって、「日本外交文書」に台湾出兵の問題、日清戦争の問題などが書いてあります。出版社や新聞社は1次情報の概略だけを載せていって、もっと知りたい人にはネットで詳細な情報を出して、もっともっと知りたい場合には、「日本外交文書」も全部リンクで張っておけば読めるわけでしょう。
そのようなことを、Googleは情報民主主義で、すべての情報を世界中の人間にくまなく配布するという壮大なミッションのもとにやっています。それに対して日本のメディアは防戦一方で、自分自身の昔からの既得権をしっかり守って、Googleに反対し、SoftBankに反対し、新しいメディアに対して全部反対しているわけです。
――最近では、震災と原発の問題もメディア不信を助長しているのではないでしょうか?
前坂俊之氏: 震災の惨状というのは活字では全然わからない。あれだけの津波がやってくるのも映像で見たら大変な迫力です。それが本当の姿です。新聞は文字と写真でしかできないし、テレビのニュースも1時間ぐらいで、ニュース1本当たりだとせいぜい3分から5分です。方法論的にはハイビジョンで全部撮影してYou Tubeに出していくのが、取材する側も一番簡単でいい方法だと思います。原発の問題では、国会事故調査委員会が、関係者の質問も一般に全部公開するという方式でやっています。だからそういう方向には徐々には進んでいっているんですけど、まだ政府は、自分たちの失敗を国民には知らせたくないということで秘密行政をずっとやっています。民主主義の根本は情報の公開です。原発の問題で政府が絶好のチャンスを逃したのは、あの事故に関しての情報を徹底してリアルタイムにYou Tubeなりニコニコ動画で全世界に流して、「今の事故現場はこういう状態です」とか、「ここまでの対応をやっています、ここまでははっきりわかりません」という情報をどんどん出していったらよかったんです。いいことも悪いことも全部出せば逆に信頼感が高まるし、失敗をしても「今度はしっかりやっているな」となるんだけど、メディアも一体となって悪い情報を隠そうとしています。NHKの原発事故の特別番組もせいぜい1時間なんです。だから皆、You Tubeで海外の情報を一生懸命探しています。日本のマスコミはもはや誰も信用していないです。
日本は個人の能力が発揮される社会になっていない
――報道されないことが、You Tube等によって知られるところとなるという現象も起こっていますね。
前坂俊之氏: ジュリアン・アサンジは捕まったけれど、WikiLeaksなんかは立派なものです。GoogleのミッションとWikiLeaksのミッションを一緒にしたコンセプトでやれば、絶対に成功しますよ。You Tubeを戦略的に活用すれば一躍、テレ朝もNHKも、CNNもアルジャジーラも超えられますから。
――メディアだけではなく、日本の産業全体を見ても停滞していると感じますが、構造的な問題があるのでしょうか?
前坂俊之氏: いまだに20世紀の大量工業生産の物作りに固執して、政府も製造業を成長戦略で立ち直らせたいとばかり言っているわけでしょう。その結果がSHARPの失速、SONYの失速につながっています。結局日本は個人の能力を発揮するような社会になっていないわけです。その間に韓国のSAMSUNGは、日本のソニー、パナソニック、SHARPを全部ひっくるめた以上の利益を上げています。韓国がなぜ変わったかというと、金大中が1995年ごろに大統領になった段階で、韓国を世界一のブロードバンド大国にするということで、閣議全員にパソコンを持たせて、金大中も60歳から勉強して、国内を全部ブロードバンド化して、インターネットの普及率、IT化が90年代の後半に世界トップクラスまで行ったからです。グローバル化で国境がなくなっている中、日本の組織ではSHARPのように垂直産業で技術開発、工場まで国内で上から1本でやっていますが、Appleはアプリを開発して、部品は世界中から集めて、台湾、中国等最適な工場で製品を作らせました。負けるのははっきりわかっています。
著書一覧『 前坂俊之 』